お鍋を囲む、心にあたたかい時間

学生時代、授業が終わったあとやお休みの日など、よく仲間内で集まって遊んでいました。田舎の大学に通っていたわたしたちは、賑やかな繁華街や派手に遊べる盛り場とは無縁で、まわりは山と森、栄えていると言えるのは地元の商店街だけ。それでも仲の良い友達が多くて毎日が賑やか、楽しくて華やかに思える学生生活でした。

みんなで遊ぼう・集まろうと言っても、田舎には行くところがありません。まだまだ社会人よりは幼い若者とは言え成人済み、お酒を飲んだり夜更かしもしますから、小学生のように公園という訳にもいきません。必然、学校から徒歩圏内の近くに住んでいる友達の家に集まるのが常でした。毎日のように集まって、おしゃべりしたり、ゲームをしたり、アニメや映画のDVDを観たり、ときどきは協力しあって課題やレポートをしたり。同級生だけでなく先輩や後輩も呼んでいたので、毎日がてんやわんやにパーティーでした。

そんなあの日々に食べていたのは、開けても暮れても「鍋料理」。料理が下手でもなんとか形になるし、食材も安く済む。集まる場所を提供してくれている家主にも片付けの負担をかけずに済むので、毎日のように鍋をしていました。

そうして毎日食べていても飽きなかったのが不思議ですが、それもそのはず、鍋と一言に言ってもいろんな種類がありますものね。毎日ぞろぞろと買い出しに行っては、その日のメンバーやそれぞれの気分、スーパーで何を安く売っているかなどに合わせて、味付けも具材も変えていたので、毎日同じようなものを食べている感覚もなく、飽きもしませんでした。

今思えば、鍋料理で毎日過ごしていたのは良いことだったと感じます。野菜はもちろん、お豆腐や揚げなど大豆製品も摂りやすいですよね。気分や味付けに合わせて、お肉やお魚もたくさん食べていました。お酒を飲む人にはよいつまみになりますし、ごはんを食べたい人にはおかずになります。何より、みんなでわいわいと楽しく話しながらテーブルを囲むこと、それこそが、いちばんの栄養になったのではと思います。

卒業して社会人となったいまでも、人と集まるとき、ひとりでも「元気を出したいとき」は、無意識に鍋料理を用意してしまいます。